観光コラム
2009年11月22日から25日にかけて、シンガポールとマレーシアを旅行してきました。
今回の旅行目的は、アジアの先進国シンガポールやイスラム国家マレーシアが、世界を相手にこれからどのような国家戦略を描いているのかを自分の目で見て確認するためでした。
旅行から帰って感じることは「アジアの追い上げはすごい!」という実感です。
近代都市国家シンガポールの人口は約500万人で国土は淡路島と同じ程度の広さでしかないが、世界的にもトップクラスの社会環境や清潔度を形成して、「エンターテイメント・ビジネス」をコアとした国家像を戦略的にイメージして推進しているのです。
日本の勤勉さに注目して、強力な指導力のもとに経済成長を達成し、シンガポールをアジアの先進国に引き上げた「リー・クァンユー元首相」の卓越したリーダーシップで基礎を固め、現在はその息子が首相を務めていることから、「明るい北朝鮮」と表現されたりすることもあるようですが、強力な政治力と優秀な官僚により、最先端の国家戦略を立案し法律を改正してでも徹底してこれを推進することで、見事に国家の力を高めています。
シンガポールは、リーマンショック以後の世界不況の中でどのような国家戦略を構築するかについて明快な方向性を持ち合わせています。法律で禁止されていたカジノを合法化して世界一のエンターテイメント・リゾート・エリアの開発を国家主導の下に強力に推進している勢いはすごいです。
海岸部を埋め立てや幹線道路の建設など大規模なインフラ整備を国家が率先して推進した上で、2つの巨大プロジェクトがシンガポール政府から認可され、並行して建設作業のピークを迎えていることは、日本ではほとんど報道されていませんが、実はこれはすごいプロジェクトなのです。
セントーサ島において、ユニバーサルスタジオ・シンガポール、6つのテーマホテル1,800室、コンベンション・ホール、カジノ、スパ、グルメ・ショッピングなど約4,200億円のマレーシア資本による複合施設「ワールド・リゾート・セントーサ」と、マリーナ・ベイ地区を埋め立てて、3棟2,600室の高層ホテル、カジノ、屋上空中庭園、MICEコンベンション施設、シアターやミュージアムなど約5,200億円のアメリカ資本による総合リゾート「マリーナ・ベイ・サンズ」が間もなく完成します。
シンガポール政府が2つのプロジェクトを認可して、巨額なマレーシア及びアメリカ資本の導入に成功したこと、すみ分けが可能であると見極めていること、マレーシアとアメリカによる競争原理を促進していること、カジノ併設による経済性の追求など、計算され尽くした高度な戦略のもとに巨大なプロジェクトが進行していることに気づきます。
マリーナ・ベイ・サンズ社で経営収益について質問したところ、2600室もの巨大ホテルの収益は全体の約10%で、総収益の75%は「カジノ」からの収益だと聞かされて驚きました。2社に競争させて世界中の富豪やカジノ目当ての集客を促進する中で、2社が挙げるカジノ収益からシンガポール政府はしっかり巨額な税収が確保できるようなスキームを作り上げているのです。“カジノに目を付けた読みは素晴らしい”やはりすごいですね。
マレーシアのゲンティンハイランドでずっとカジノを経営して成功を収め、イスラム国家マレーシアとしてアラブの大富豪とイスラム教という共通の思想を活かせる、マレーシア資本の「ワールド・リゾート・セントーサ」と、ラスベガスにおけるカジノ・ビジネスやアジアにおけるマカオでのカジノ・ビジネス成功のノウハウを有する、アメリカ資本の「マリーナ・ベイ・サンズ」との壮絶な戦いの場が、いよいよ2010年春には整うと思うと、ゾクゾクします。2010年春になればわが国の報道が活発化するでしょうが、今は目を向ける者もなく、ほとんど誰もがその現実を知りません。やはり日本はアジアの成長から取り残されているようです。
マレーシア南部開発地域を視察しました。ここではジョホールバル州をマレーシアの南の玄関口と位置付けて大規模に開発する「イスカンダル・マレーシア計画」が立てられて、2025年の完成に向けてかなりのスピードで進行しています。この壮大なイスカンダル計画はシンガポールの2倍の広さを総合的に開発するもので、着々と建設が進んでいる姿を目のあたりにして、その勢いにはやはり驚きました。このことも日本では全くと言っていいほど知られていないのです。
アジアの国はみな若くて活気があり、国家としての勢いが感じられます。明るい空気や輝く眼の力に触れるとき、正直“アジアの追い上げはすごい!”と感じます。日本は今や老人の国で活力がまったく感じられないし、政治家が無能で官僚の知恵が活かされていないこともあって、かつてのイギリスのように守りに入って停滞していることが実感できます。日本の国は、このまま“やれ先進国だ、アジアの盟主だ”と慢心してのほほんとしていると、あっという間に中国だけでなくアジア諸国にも追いつかれ追い越される、恐怖を感じる焦りのような感情を抱くのは私だけだろうか。
2009年12月9日(水)
加藤 弘治
こんにちは、観光ビジネス研究会の高橋です。
皆さん、ジョージ・マロリーという方をご存知ですか?ジョージ・マロリーはイギリスの登山家で「なぜ、あなたはエベレストを目指すのか」の問いに「そこに山があるから」と答えたという人です。山登りを趣味にしている私も「そこに山があるから」という答えの奥深さをしみじみと感じるようになりました。
先日、長野県の北アルプスにある燕岳(つばくろだけ)に登ってきました。中房温泉から燕岳を往復するコースで、北アルプス登山で最も有名なルートです。健脚の方は往復8時間程で、日帰りをしますが、私は山頂の燕山荘(えんざんそう)に宿泊しました。なぜ宿泊を選んだかと言いますと、日の出を見るためです。
燕岳は標高が2763mあるため、9月でも早朝は5度ぐらいまで気温が下がります。太陽が昇る前は真っ暗で、非常に寒く、防寒着がないと震えあがってしまいます。しかし、太陽が昇り、太陽の光に体が照らされると体が温められ、寒さが徐々に和らいでいきます。雲海が赤く染まり、日の出を見ている人たちの顔は赤く輝く様子、陰から陽へと一瞬にして切り替わる瞬間は筆舌に尽くし難いです。
普段生活をしていると、日の出を見るという行為は非日常です。山小屋の宿泊客方が、日の出を見るために外へ出ていますし、日の出を見て感動している方が多数いることからも、そう言えるでしょう。しかし、日の出は毎日あり、自然界では日常の出来事です。忙しさの中で、自然界の日常を忘れてしまうことが多いですが、ヒトも自然界の一部であり、太陽の温かさ、明るさを通じてヒトと自然の関わりが再確認できる場、それが山だと感じています。非日常の経験を通じて、ヒトと自然界の繋がりを感じられる、そこに山があるから、私は今日も山の頂を目指しています。
2009年10月13日(火)
takahashi.taichirou
強い日差しとともに祇園祭の季節がやってきました。
檜扇(ヒオウギ)出荷のニュースをみたり、夕方どこからともなくお囃子の音が聞こえてくると、宵山が待ち遠しくなります。
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2009年7月5日(日)
kaneko.kiyomi
観光コラムの初稿にあたり、まずは自分の故郷である島根県斐川町(ひかわちょう)を紹介し、町の観光について考えてみたいと思います。
1.荒神谷遺跡(こうじんだにいせき)
昭和59年に銅剣358本、銅鐸6個、銅矛16本が出土し、当時は全国的にも大きなニュースとなりました。出土品は現在国宝となり、遺跡は公園に整備されています。出土品は島根県立古代出雲歴史博物館に保管されているため、斐川町にないのが残念です。
2.湯の川温泉
和歌山県の龍神温泉、群馬県の川中温泉と並ぶ日本三大美人湯です。帰省の際には「湯元湯の川」の温泉に入りますが、確かに肌がスベスベになったように感じます。こじんまりとした温泉ですが、その分リラックスできるかも。
3.築地松(ついじまつ)
出雲平野の冬の強い北西風を防ぐため、民家毎に植えられている黒松です。 殆どの家屋で剪定が整っており、田園風景と相まって景観良好です。
4.万九千神社(まんくせんじんじゃ)
神在月(出雲以外は神無月です)に全国の神々が出雲大社に集まり、この神社から全国に帰っていくと言われています。恥ずかしながら、私は行ったことがありません。
5.交通至便
町内には出雲空港があり、加えて国道9号線、JR山陰本線も通っていることから、交通至便であり、重要な観光資源です。
6.斐伊川(ひいかわ)
出雲市との境界となっている川です。八岐大蛇伝説の元となっている川で、上流ではタタラ製鉄が行われていました。宍道湖に注いでいます。
7.宍道湖(しんじこ)
淡水と塩水が混じりあう汽水湖です。斐川町だけでなく、松江市や出雲市にも面し、松江市から眺める夕日が観光スポットとなっています。蜆(しじみ)が有名ですが、冬には白魚も取れます。
8.出西窯
町内にある窯元です。時折都心のデパートにも出品されています。私の妻も好きで、帰省の際には必ず立ち寄ります。
以上、とりあえずキーワードを思いつくままに書き上げてみました。斐川町は平成20年に朝日新聞で「にほんの里100選」のひとつとして選出されており、今後観光面のポテンシャルは非常に高いのではないか、と考えます。また、松江市と出雲市の中間に位置しており、それぞれの都市を観光するついでに観光客が立ち寄れる立地も良好です。
しかしながら、これまで観光に関しての取り組みは強いとは言えず、全国での知名度はかなり低いと言わざるを得ません。
景観を保持しつつ、観光客を誘致するとなればハード、ソフト共に難しい
面があるかとは思いますが、自分も斐川町の観光に少しでも力になれたら、と思います。
2009年5月7日(木)
nishikoori.eiji
4月29日〜5月1日の3日間、妻と2歳の息子1人と共に、小豆島、高松を訪れた際の旅行記と、私が気付くポイントを記載させていただきます。
1日目、小豆島まで、私の取った観光ルートと手段は、新大阪駅〜岡山駅(新幹線のぞみ)、岡山〜新岡山港(バス)、新岡山港〜土庄港(フェリー)でした。
◎フェリーには足湯が完備されていて、瀬戸内海の各島々の景色を眺めながら、優雅に過ごすことができます。ただ、小さい子供連れの場合、服を濡らしてしまう恐れがありますので、タオルと着替えの用意等、注意が必要です。
◎土庄港のターミナルに、うどん・ソーメン屋(若干、土産品もあり)が開店していました。周りに店があまり見当たらず、サービス面で開店まもない感が色濃く出ていましたが、値段は安く、少ない費用で小腹は満たせます。後で気付きましたが、何かのチケット売り場を改装して店舗にしたようです(少し、異様な光景ですが)。
◎小豆島で有名な小豆島オリーブ公園を路線バスにて訪れました。こちらは、道の駅となっており、オリーブ記念館、ギリシャ風車、エリエストローダ(オリーブの輪)(愛の幸せスポットらしい)、ハーブガーデンがあり、散歩するだけで癒される空間が繰り広げられています。良かったのは、オリーブ油でのパンの試食、オリーブ尽くしの土産品店、オリーブのソフトクリームです。
◎エンジェルロードは、島と島が満潮時には離れるが、干潮時には、繋がるという不思議なスポットです。エンジェルロードは、天使の散歩道とも呼ばれる縁結びスポットで、砂州の真ん中で、大好きな人と手を繋ぐと、天使が舞い降りてきて願いを叶えてくれるそうです。恋人達が書いた「愛の絵馬」があちらこちらにかかっています。
2日目は、エンジェルロードを散策した後、土庄港〜高松港へフェリーにて移動しました。
◎2日目のメインは、中野うどん学校(高松校)でのうどん作り体験でした。受講料は1,575円で、うどんを作りを学び、自分で作ったうどんを食べたり、お土産に持ち帰ることができます。ただ、車でない場合、バスでの移動となり、あまり本数がない(1〜2時間に1本)ので、帰りは、琴電の円座駅(30分に1本)まで疲れた子供を連れて歩かねばなりませんでした(徒歩20〜30分位?)。その点、注意が必要です。
3日目は、高松築港駅〜岡田駅(琴電)へ移動し、ニューレオマワールドを訪れ、岡田駅〜琴電琴平(琴電)、琴平〜岡山(JR特急南風)、岡山〜新大阪(新幹線のぞみ)で帰りました。
◎2歳以上であれば、ほとんどの乗り物に乗れたので、小さい子連れでも楽しむことができます(但し、2歳以上の子供はフリーパス2,000円が必要です)。しかし、おもちゃ王国など、子供が見付けたら離れないものがたくさんあるので、次の乗り物などに興味を惹かせつつ、上手く連れ回すことがポイントです。
◎岡田駅〜ニューレオマワールドまで、バス(丸亀コミュニティバス)の本数がほとんどなく、タクシー往復(片道1,000円〜1,400円位)する必要がありコストがかかる点、注意が必要です。
◎映画「UDON」の「松井製麺所」の内装が再現されていて、手打ちうどんを食べることもできます。冷やしうどん、ざるうどんを食べましたが、おいしかったので、昼食におすすめです。
以上、3日間の簡単な旅行記とポイントでしたが、全体的に、比較的都会暮らしの私にとって、観光者を受け入れる体制がまだまだ不足していると感じました。至るところで、島や香川県をアピールするポスターやチラシがあり、イベントも行って頑張っているのは見受けられるのですが、1つ1つのサービス面において、都会のサービスと比べて見劣りするものを感じることが多々ありました。偶然かもしれませんが、タクシーの運転手さんの無愛想さにも数名出くわしましたし、宿泊施設や各種観光地の人材不足や、交通機関を利用する者のアクセスルートの情報提供不足もありました。 宿泊施設も一層、色んな意味で質を充実させなければなりません。それらができていないため、リピート客の減少に繋がり、悪循環を発生させているような気もします。観光では、自然豊かな気候や景観、良い施設がいくらあっても、サービス面で見劣りすれば、全てが台無しになってしまいます。そういう意味で、観光事業を担う企業や団体は、サービス面の強化に抜け目なく力を入れていくことが必要であると、今回の小旅行を通じて肌で感じました。特に、海外旅行客の受け入れに力を注いでいるようですが、受け入れてがっかりさせないようにしなければなりません。目の肥えた日本人の目にかなう『理想のサービス』を実現してこそ、外国人旅行客にも受け入れられるはずです。『理想のサービス』とは何か、『あるべき観光サービス』とは何かといったことを、1人1人が常に追い求め、常に意識して日々を過ごすこと、その体制づくりがまず第一歩となります。
2009年5月2日(土)
松浪 辰也
2.夜景さんぽ
食事のあと、夜のオプショナルツアーとて、中央郵便局、聖母マリア教会、人民委員会市庁舎をみて、カラベルホテルの屋上ラウンジで一杯やるという夜景散策コースに参加した。
出発したのは午後の8時ころだったか?マイクロバスで統一会堂前を通ったら、公園には街灯の薄明かりの中、沢山の市民が集まっていた。仲良し同士か、家族同士か、思い思いに夕涼みをしているように見えた。
夜景散策ツアーの目玉の一つ。北側を中央郵便局、
西側を聖母マリア教会に囲まれたかなりおおきな広場ではマイクロバスから降りてしばし散策。雨上がりということであまりコンディションは良くなかったが、教会の前では、大きなマリア像に向って20〜30人の人たちが野外ミサを行っていた。金曜日の宵ということもあってか、この広場でも多くの若者がアベックで、あるいは数人のグループで、たむろしそれぞれ思い思いに話に楽しんでいるようだ。なかには、小さい子供を連れた家族連れの人も居る。たむろしているグループの真ん中にはバイクがあり、男女合わせて7人〜8人が、バイクの上にノートパソコンを置いて、皆で覗き込みながらなにか話している。今の学生など日本の若者は一般にこういうたむろの仕方をしていない。日本の街でたむろしているのは一部の高校生などやはり若者だが、道端に座り込んだり、なんとなく不良感や気味悪さなどが漂っているのだが、ヴェトナムの若者のたむろの仕方にはそういったマイナスの感じはしない。8時〜9時頃の比較的早い時間で、その場所全体が比較的明るいこと、それに家族連れなども居るということからかもしれない。
同行した仲間の1人が郵便局前の若者グループの男子に「なにをしているのか」と英語でたずねていた。すると僕のすぐそばにいた同じグループの別の女の子が逆に僕にたずねてきた。「日本の方ですか?」日本語である。「そうです。あなたは日本語がお上手ですね。」「学校で日本語を勉強しています。」どうやら将来は日本語を生かした仕事をしたいようだ。なかなか流暢だ。こういうときにはどうも女性のほうが積極的だ。男の子はヴェトナムでも口が重いらしい。誰かが彼女たちの年令をきいていた。概ね20歳前後なのだが、我々の眼から見ると2〜3才は若く見える。化粧もあまりしてないようだし、全体的に清楚な感じのせいかもしれない。ここに居る同年代の3人の男子もなかなかのハンサムボーイである。
ガイドのコウさんは、次に人民市長市役所の側まで我々をマ
イクロバスで連れて行くつもりだったようであるが、丁度市庁舎の手前のところで火事があったということで側までいけず、手前の交差点(ロータリー)で車を降りた。この街は、ロータリーになっている交差点が多い。ロータリーには信号機がない。従って、街全体としても信号機が少ないようだ。ロータリーでは、一方から入ると左周りに円に沿って進み(ヴェトナムは車は右側通行である)、自分の行きたい方向の道に抜けてゆく。
私はしばらく市庁舎に続くロータリーの端に立って車の流れを見た。9割方は2〜3人乗りのバイクである。1〜2%が自転車で残りが自動車である。
このロータリーには四方から夥しいバイクが押し寄せてくる。大げさに言えば立すいの余地がないほどに道路はぎしぎしの満員状態である。だから車同士の接触事故がおきても、あるいは転倒しても不思議ではない。ところが目の前ではそのようなトラブルの光景は見えない。皆それぞれに少しずつ譲り合い、接触を避けながら車を移動させているのだ。ほとんど警笛も聞かない。4つ車やバイクに混じって、6から7才くらいの女の子が小さな自転車で車の流れに直角に異動していた。「アッ危ない!」と私は思わず声をあげてしまったが、周りのバイクの大人たちはこの女の子の自転車を上手に避けている。こうした雑踏の道路を人も横断するのだ。ガイドのコクさんが言った。「道路を横断するときは、決して急いだり、走ったりしてはいけません」
そう、歩行者とて同じなのだ。相手のバイクや車にぶつからないようにコントロールさせるだけの余裕を与えるのだ。その為に歩行者もそろりそろりと動く。そうすればどんなに混みあった道路でも安全に渡れる。このようなヴェトナムの状態を非難し、問題視する人も居るかもしれないが、僕には、ここにヴェトナム人の社会生活をしてゆくうえでの知恵を見た気がした。これだけ車が混んでいたら中国の北京だったらどうだろうか、バンコックの街だったらどうだろうか。おそらくは、警笛と怒
鳴りあいで大変なことになるのではないだろうか。
このあと、カラベルホテルの最上階のラウンジに上った。ラテン音楽の10人くらいのグループがスピーカーのボリュームを一杯に上げて演奏をしていた。グラスワインが10ドル、コカコーラが6ドルというから普通のヴェトナム人にとっては高価なラウンジのはずだ。やはり客は外国人が多いようで、中にはスキンヘッドの見るからに怪しげな白人も居た。ところで、この屋上からの夜景も見所のひとつということらしいが、あまり感激はしなかった。
小一時間ここで過ごしてホテルに向ったのは午後10時過ぎ、帰りに中央郵便局前の広場の側も通り、統一会堂前の広い公園の側も通ったが、あれほどに集まっていた人たちは殆ど居なくなっていた。
ライトアップの夜景の触れ込みであったので、きれいな夜景を期待をしたのだが、正直なことを言うと、光も弱く、ライトアップのメリハリも弱いため、建物の夜景としては決して見栄えはしなかった。しかし、このオプショナルツアーに幻滅をしたわけではなくむしろ逆だ。夜景がきれいだよといって一所懸命に説明してくれたガイドのコクさん。広場で出会った大学生たち、市庁舎前のロータリーでみた車の譲り合い。道路の渡り方。高級ホテルの怪しい外国人の存在。10時も過ぎれば潮が引いたように帰宅する市民達。ほんの少しではあったがよそ行きではないヴェトナムに触れた感じがしたからである。
この項終わり
2008年12月
2009年4月24日(金)
kawai.makito
1.歴史博物館へ
ホーチミン市のタンソンニヤット空港に降りた。11月下旬というのに暑い! 空港の出口前は椰子か棕櫚か南方風の木が並び南国風の雰囲気だ。30℃を超えているとのこと。2℃とか3℃しかない日本との違いを考慮して機内で出来るだけ薄着になったつもりではあるが、この温度差にはかなりこたえる。
現地ガイドはトウさんというヴェトナム人の男性。空港でバスに乗り換えて早速歴史博物館を見学。ヴェトナムの歴史の勉強である。
石器時代時代の発掘物、王朝時代の遺物、元時代の中国との戦いにおける戦勝の記録絵、南北に分かれて戦った時代の大砲などが陳列されていた。ヴェトナムの歴史をひと言で言うならば戦争の歴史だという。ヴェトナムは、13世紀には元のからの侵略を受け撃退した歴史をもつ。とにかく昔からの中国との確執があったそうで、19世紀の半ばから約1世紀の間フランス統治の時代がありその後
は米国が介入したヴェトナム戦争、これが終結したと思ったらこんどは中越戦争と永年戦争続きで苦難の時代が永く続いたのは確かである。何体かあった阿弥陀仏像には若干ホットさせられた。
ヴェトナムは南北に細長く1600キロあるという、日本で言えば北海道から岡山くらいまでの距離が南北にのびているため北と南とでは気候がかなり異なり、南は常夏、北のハノイは四季があるのだそうだ。ヴェトナム戦争時、戦闘の激しかった中部では特に爪あとが深く枯れ葉剤の影響でハンデキャップのある人が沢山いると言う。ヴェトナム戦争当時のゲリラや庶民の悲惨な写真は今でも頭に焼き付いているだけに神妙な気分になる。そのせいもあろうかホーチミン市は南国のはずだが、南国という言葉から来る天真爛漫なイメージの明るさはない。人々
の様子もおとなしいというか穏やかであり、控えめでさえあるように見える。バイクが群がるまちの賑わいを見てもそれほどの騒々しさを感じないのだ。しかし、その歴史を思い返してみる内に秘めた芯の強さを想像せざるを得ない。
ところで、ヴェトナムの通貨はドンという。ヴェトナムでも1万ドンとか10万ドンとかやたらに桁が多く、やたらにゼロが多くつく。以前の経験したところでは、東ヨーロッパの国で値札にやたらにゼロが沢山ついていた時期があり、みやげ物一つ買うにもおそれをなしたことをふと思い出した。
よほどドンに換金しようと思ったが、僕達の行ったところではドルがそのまま使えたので結局換金せずにすませた。
ガイドのトウさん話によれば、ドンを円に直すにはドンの数値から三つゼロをとって6をかけると円になるそうだ。これで概算見当がつくという。だから10000ドンといえば、10×6で60円である。これは便利だが、僕が持っていったのはドルであり、これを更にドルに直すとなり少々ややこしかった。最もこの時期は、一ドルが95円くらいであるから、1ドル100円を目安に考えれば、大きな間違えはない。これで、もっとややこしいレートの時期だったら大変だっただろう。桁の多い通貨の場合、やhり現地通貨の値札を見ただけで買い物をする意欲がなくなる。この点でヴェトナム人は買い物客が日本人と見ると“円”とか“ドル”で値段を言う場合が多い。土産物屋では値札もドル表示がおおいようだ。
トウさんに教えてもらった方法でも値引き交渉となるといささか混乱しそうになる。
それはともかく、博物館の売店では冷たい350ccのボトルの水は3本で1ドル。冷たい750ccの水は三本で2ドル。木製のセンスは1ドル。これは横に居たホテルで同室のKさんが買い求めた。
完
2008年12月
2009年4月14日(火)
kawai.makito
昨年10月に実施された国家試験「総合旅行業務取扱管理者試験」に挑戦し、科目合格を果たした、いや4科目のストレート合格を果たせなかった。
4科目のうち、旅行業法、旅行関連約款、海外旅行実務の3科目は合格したが、国内旅行実務は不合格で、今年の10月にもう一度挑戦する。
本観光ビジネス研究会メンバーの多くがすでに資格取得済みなので、私も後れてはならじと、昨年4月に開講の本研究会の加藤弘治代表によるトラベルゼミ「加藤ゼミ」を受講して勉強をした。4月〜9月の間の日曜日18回(1回4時間30分)の合格対策ゼミで、加藤弘治著「08年総合旅行管理者試験合格テキスト」及び「08年総合旅行管理者試験予想問題集」(ともに同友館発行)を使用しての勉強会であった。
本研究会メンバーのうち4名が受講して、4科目ストレート合格者1名、科目合格者2名という成績であった。
私にとっては実に難しい試験であった。国内旅行実務と海外旅行実務の2科目を120分(科目間でどのように時間配分してもよい)で解くわけであるが、この海外旅行実務が実に手強い。国際航空運賃では計算問題に多くの時間がとられ、旅行英語では40年ほど使ったことのない錆び付いた英語力のたどたどしさ。制限時間120分のうち100分をこの海外旅行実務に費やす始末であった。国内旅行実務はすべて馴染みの日本語のため超特急の20分でお粗末な速答、見事不合格の憂き目をみた。
失敗はしたものの、振り返ってみて実に楽しい内容の勉強だった。机上で国内旅行や海外旅行を空想体験するのもなかなか面白いものである。今ではテレビの旅行・観光ものや新聞・雑誌の観光記事に興味が持てて、今年こそは国内旅行実務にも合格するぞと、北は北海道から南は沖縄までの観光名所や温泉、さらには名物料理までをも空想体験して楽しんでいる。
中嶋 和雄
2009年2月16日(月)
nakajima.kazuo
年末年始の帰省シーズンを向かえ、帰省先へのお土産を何にしようか悩む時期になってきました。
近年はお土産を鉄道駅、空港だけではなく、百貨店や専門店、インターネットで求める等購入先や購入方法も多種多様になってきました。また、地域の伝統的なお土産だけでなく、新しいお土産が開発され話題になる例(花畑牧場の生キャラメル等)も見られ、お土産一つをとっても地域の特産物としての大きなビジネスの可能性が感じらます。
そんな中、東京のお土産として近年有名な「ねんりん家マウントバーム」に関する日経MJの記事(12/5)に目が留まりました。
ご存知の方も多いかと思いますが、「ねんりん家マウントバーム」は07年に発売された商品で、その独特の外観と外はさくっと香ばしく中はしっとりとした食感が受け、現在東京で大変人気のあるお土産です。
この「ねんりん家」ブランドを展開するのは株式会社グレープストーン。会社の名前自体はあまり知られていませんが、「東京ばな奈」ブランドでも商品展開している会社でもあります。また、東京都内の有名百貨店等で人気のある「銀のぶとう」「鎌倉五郎本店」「豆乳おかき銀座中条」等も全てこの株式会社グレープストーンのブランドなのです。
このお土産界の人気ブランドを多数所有する株式会社グレープストーンにおけるマーケティングやブランド管理、そしてその一貫性は、お土産作り・開発に際して非常に重要なヒントを与えてくれます。
まずは株式グレープストーンのホームページから「BRAND SPIRITS」を一部引用します。
・【MOTHER’S EYE】こどもたちに与えていいもの、たべさせていいもの。母親のきびしい目を自分達の目としながら、お作りしていきます。
・【SPECIALIST’PASSION】ひとつのことを見つめつづけた人だけが、開けられる次の扉がある。専門ブランドづくりに取り組む私たちは、学求心の大きな力を信じます。
・【JAPANESE SYMPATHY】初めて見るのになつかしい。日本ブランドとして、日本に暮らす人々の記憶の底に届くものづくりをしていきます。
・【INNOVATOR’S HEART】今までにないおいしさ、今までよりすばらしいこと。伝統のいっぽ先にある未来を、つくり続けていきます。
・【SHOWMANSHIP】とにかく楽しんでもらいたい。私たちのものづくりとサービスの動機はとてもシンプルです。
このようなブランドに対する考え方をしっかりと持つ事自体珍しいのですが、さらに株式会社グレープストーンはこの考え方をマーケティングにもしっかりと活かし、ブランド管理においてみごとな一貫性を保っています。
マーケティングの4Pで簡単に見てみましょう。
●製品(Product)
・「見た目の驚き・美味しさ」
ねんりん家マウントバームを開発する際、「食べる前に目で見ておいしい商品を目指した(日経MJ 12/5)」とあります。他のブランドを見てもチーズケーキを籠に盛った「かご盛り 白らら」、ゆば肌の見える「豆乳おかき」等見た目の驚きや美味しさを追求した商品が多いのが特徴です。お土産においては、話のネタになって喜ばれる見た目というのは大きな要素と思われます。
・「なつかしさ+斬新さ」
株式グレープストーンのブランドは伝統的な素材や「和」を意識した商品が多いのが特徴です。お土産である故、あまり奇をてらった素材や一般受けしないものは少ないように感じます。しかも、その伝統的な素材を使いながら、新たな製法や組み合せによるいっぽ先の斬新さも感じさせます。
●価格(Price)
価格においては、「土産品の相場の範囲に収めた。手土産に使う商品は通常千円が限界(日経MJ 12/5)」とあるようにお土産としての一般的な価格である千円前後の商品が多いのが特徴です。
●流通(Place)
出店地に関しても、「出店地を絞り希少性にこだわった。どこでも買えないことは土産として支持される大切な要素だ(日経MJ 12/5)」とあるように、大手百貨店や売店等の一部でしか買えない希少性がお土産としての価値を向上させています。
●プロモーション(Promotion)
・「鮮度・限定感の演出」
「店頭には購入当日が消費期限の「生タイプ」マウントバーム(六百八十二円)も並べ、「最もたべごろ」のタイミングで食べてもらう趣向も採り入れた(日経MJ 12/5)」「限られた出店地や当日限定商品でファンの飢餓感をあおる作戦は奏功し、各店舗にはいつも行列が絶えない(日経MJ 12/5)」等、これまでのお土産の条件である「日持ち」を逆手にとり、鮮度や限定感を出すことでの商品価値を上げるプロモーションを行っています。
・「地名とひらがな」
株式会社グレープストーンのブランドや商品の名前には「銀座」「鎌倉」等の地名が使われているのが特徴です。また、同様に敢えてひらがな表記のブランドや商品名も多く、この地名とひらがなからくるイメージが商品だけでなく、店舗や包装等のプロモーションにもしっかり繁栄され一つのブランドを形成しています。
このように、株式会社グレープストーンにおけるマーケティングやブランド管理、そしてその一貫性から、現在のお土産作り・開発における多くのヒントが見て取れます。
多くのお土産が伝統的なものか、もしくは他のヒットしたお土産を真似たものが多い中、株式会社グレープストーンのようにしっかりとしたマーケティングにより、新たなブランドとヒット商品を生み続けるところが出てくるのであれば、お土産市場はまだまだ捨てたものではないのではないでしょうか。
(大森)
2008年12月22日(月)
観光ビジネスコンサルタント
2008年10月1日に国土交通省の外局として「観光庁」が新設されました。観光立国の実現は、21世紀のわが国経済社会の発展のために不可欠な国家的課題と位置付け、2006年12月に観光立国推進基本法を成立させ、2007年6月に観光立国推進基本計画を閣議決定して、諸外国に対してわが国が国を挙げて観光立国を推進することを発信するとともに、観光交流拡大に関する外国政府との交渉を効果的に行うこと、地域・国民に対して政府が一体となって「住んでよし、訪れてよしの国づくり」に取り組むことを発信するとともに、地方公共団体・民間の観光地づくりの取組を強力に支援することを目標としています。
政府のキャッチフレーズ「住んでよし、訪れてよしの国づくり」は、いかにも政府主導で国の内外を意識した無難なフレーズですが、その地域の住民にとって住みやすく、誇りをもって生活できる豊かな地域をつくりあげ、その良さを知った地域外の人々が、その素晴らしさに触れるため訪れたくなる地域づくりを目指すのであれば、あくまでも主役は地域の住民であり「住んで良いから、訪れても良い地域づくり」を目標にすることになるのだと思います。日本中の地域が便利さばかりを追い求めて都市化し、独自性のない同じような印象の地域に変化してしまっていることは、地域の独自性を活かした素晴らしい地域づくりの方向とは逆行しているように感じられてなりません。本当に価値のあるものは、お金をかけたらすぐにでき上がるものではなく、長い地域の文化、伝統や歴史の中にこそ生まれるものだと感じます。ほかにはないものこそ高い価値があり、それらを大切にしようとする心こそが地域の住民に求められています。
観光立国推進基本計画において、国は、必要な施策を総合的に策定・実施し、地方公共団体・民間の取り組みを支援するとともに、「日本ブランド」として我が国の魅力を発信する役割を担うこととして、観光立国推進基本計画に定められた観光立国に関する数値目標を実現する責務を負うとしていますが、本気で観光立国を志向して、地域経済の活性化を図るためには、的確な観光振興戦略の立案とその着実な推進が不可欠です。政治家のパフォーマンスに利用されたり、官僚が頭で考えた観光振興施策でなく、あくまでも現場主義にのっとって、「観光ビジネス研究会」等の民間の観光専門家スキルを活用しながら、地域住民の意識向上とともに、地域住民が主体となって長期的に取り組める仕組みを示して、これをしっかりフォローする考え方こそが必要ではないでしょうか。
(加藤 弘治)
2008年10月2日(木)
加藤 弘治